上海・蘇州号(2011年5月)

フェリー「蘇州号」に乗って上海に行く②

「蘇州号」を下船した後は、上海観光を楽しみました

フェリー「蘇州号」に乗って上海に行く①大阪国際フェリーターミナルから「蘇州号」に乗る 大阪の南港からは「さんふらわあ」など国内外のフェリーが就航しています。 国際線の場合...

金曜日に大阪南港からフェリー「蘇州号」に乗り、上海に到着したの日曜日。
火曜日には再び「蘇州号」に乗って大阪へ帰ります。

なので、観光できる時間は1日ちょっと、って感じです。

初めて上海へ行った時の思い出の地へ向かう

私が初めて上海へ行ったのは2003年。

当時、ANAが中国便を推しまくっていて、機内ビデオで宣伝しまくっていました。
で、私も機内ビデオの宣伝で見た上海の特集がきっかけで、上海旅行へ行きました。
(その時は友達と行きました)

2003年当時、上海旅行は全然メジャーでは無かったです。
当時はまだ観光ビザが必要で、パックツアーでしたが3泊4日で10万円以上しました。
上海へは「未開の地」ぐらいの気分で行きました。

当時の上海はめちゃくちゃ活気があって、中国っぽさが残る独特の雰囲気でした。
と言いつつ、上海の中心部に着いた瞬間思ったのが

「とんでもない所に来てしまった」

でした。

初めて上海へ行ったときに宿泊した「フォーシーズンホテル」へ行ってみるが・・・

2003年に上海へ行ったときに宿泊したホテルは「フォーシーズンズ ホテル 上海」でした。

ホテルの周りには古い家が沢山建っていて、通りには沢山の個人商店がありました。
(何故かローソンもあった)
細い路地を通ると、たくさんの飲食店が並んでいました。
すごく人通りも多くて、美味しそうなお店が沢山ありました。

まさに昭和30年代のような雰囲気で、次に上海へ行ったらまたあの場所へ行こうと思っていました。

で、あれから7年たった2011年。
ワックワクで同じ場所を訪ねてみたのですが・・・

左側にあるのが「フォーシーズンズホテル」です。
で、右側に商店や小さい住宅街が広がっていたのですが・・・建物がない。

ここの通りに沢山の古い商店があって、ローソンもあったのですが。
奥にあった飲食店はどこにいったの?

そうなんです。
一帯が更地になっていました!!!

ちょっとした更地じゃないですよ。
1つの町内が消滅した、そんなレベルの更地。
なーんにもない。まわりには工事のおじさんしかいない。

凄くショックでした。
「中国あるある」な出来事なんですが、こんなになーんにも面影が無くなってるなんて。

豫園の変貌にまたショックを受ける

2011年には豫園まで地下鉄が開通していました。
(2003年はまだ地下鉄が無くてタクシーで来ました)

それだけでもビックリだったのですが、周りの道路が綺麗に整備されていて、あの無法地帯っぽい雰囲気が一切無くなっていました。

昔はこんなに小ざっぱりしてなかったんですよ!
周辺全体がごちゃごちゃしまくっていました。

ショックを受けつつも、小龍包は並んで食べてきました。



ほかに上海で行ったところ

覚えてる限り、ざっと行ったところを書いていきます。

人民公園

上海の人民公園へ行くと、こんな紙がそこらじゅうに飾っています。

これは「お見合いの釣書」みたいなもので、ここでは結婚相手の紹介?をやっています。

紙を読んでると、性別や身長、仕事、家のことなどがざっくり書いています。
(土で汚れてる感じが切ない・・・)

ほんとそこらじゅうにあるんですよ。
でも、これで本当に見つかるのかなぁ。

友達の中国人(男)も「俺、別に結婚なんかしなくてもいいやって最近思うねん・・・」と大阪弁で呟いていました。
それぐらい、中国では一人っ子政策の影響などもあって、男があまってる状態らしいです。

外灘

上海の夜景が見たくて、夜の外灘へ行きました。

テレビ塔側のビル群です。
たぶん、今はもっとビルが増えてると思います。

上海の裏路地

ここは新天地近くの路地です。
すこし通りを入ると、昔の上海らしさが残っていました。

2016年に上海へ行った時はもっと近代化が進んでいたので、こんな散髪屋さんはもう消滅してるのかなぁ。

この男の子のズボン!
破れてる訳ではないんです。

中国語で「かいだんくぅ」(←簡体字が表示できないので無理矢理ひらがなで書いた)という中国独特の子供用ズボンです。
トイレへ行くときにズボンを脱がなくても用が足せるよ、ってやつです。

このズボンを見ると「あぁ~、中国に来たなぁ」って気分になります(笑)

関係ないですが、小学館の中国語辞書には絵入りで「かいだんくぅ」の単語の説明が載っています。